金縛りもどき
2018/07/03
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今でも、あの時のことを思い出すと寒気がする。
二十数年生きてきて、たった一度だけ体験した「シャレ怖」。
上手く恐ろしさが伝わるかどうかが心配だが…どうか、自分自身に置き換えて読んでみて欲しい。
あらかじめ、長文スマン。
二年程前。
大学生だった俺は、アパートで独り暮らしをしていた。
その頃俺は卒論の締め切りに追われており、その日の前の晩も友人宅に泊まり込んで情報交換&ワープロ打ち、朝から大学の図書館で調べ物。
自宅アパートに帰ったのは昼前だった。
帰宅した俺は、部屋着に着替えると、そのままこたつに潜り込んで横になった。
帰り際にコンビニで弁当を買ってきてはいたが、眠気が勝って食べる気がしない。
俺は手探りでラジカセのリモコンを探し、入れっぱなしにしてあったCDを小音量でかけた。
曲はハードロックだったが、その時の俺には全てが子守唄に聞こえた。
…ふと、息苦しさを感じて目を開ける。
どのくらい眠っただろう。
CDがまだ終わっていないということは、せいぜい一時間弱か。
さっきは子守唄に聞こえた音楽が、酷く不快に感じられる。
ラジカセの電源を切るため、俺は体を起こそうとした。
体が動かない。
今、急に動かなくなったのではない。
目を覚ましたときから動かなかったはずだ。
息苦しさを感じたのはこれが原因だろう。
だが、俺は別に焦らなかった。
正直、「またか…」と思った。
俺にとってはよくある事なのだ。
疲れていたり、眠りが浅かったりすると、決まってこの「金縛りもどき」にかかる。
決して霊的なものではない(と自分では思っている)。
勿論、初めてかかった時は恐怖を感じたし、枕元に幽霊が立っていて、俺を見下ろしているのではないか、などと怖い想像もした。
でも実際にそんな事は一度もなかったし、闇雲に体を揺すったり大声を上げたりすれば、体は動くようになることを長年の経験で知っていた。
そのまま眠ってしまおうか、とも考えた。
が、やはり気持ちのいいものではない。
俺は「金縛りもどき」を解くため、体に力を込め始めた。
音が聞こえた。
パッタ、パッタ、パッタ、パッタ…
横たわる俺の、左にある壁の向こう。
そこにあるのは、アパートの階段だ。
俺の部屋は、アパートの中央に位置する階段の真横にあった。
鉄骨造りのため、よく音の響くアパートだった。
誰かが階段を上り下りすれば、その音はダイレクトに俺の部屋に響いたし、それが俺の不満でもあった。
…随分音が軽い。
ビニールスリッパでも引っ掛けているような足音。
上っているのか下りているのかは、ちょっと分からない。
ただ、妙に軽快に、一定のリズムで、その音は続いていた。
だがその時は、そんな音に注意を払っている場合ではなかった。
なにせ、「金縛りもどき」と格闘中なのだから。
俺はまず手から自由にしようと思い、指先に全神経を集中させた。
…よし、動くぞ。
次は腕全体だ。
パッタ、パッタ、パッタ、パッタ…
「その音」は、依然として続いていた。
そこで、俺はふと気が付いた。
「………ト……イ…………ル……ョ……」
…何か言ってる。
小さくて何を言っているのかは聞き取れないが、確実に何か言ってる。
パッタ、パッタ、パッタ…
「音」と「声」は、絶え間なく続く。
その時になってようやく俺は「気味が悪い」と感じ始めたが、様子を見に行くにも、体が動かなくてはどうしようもない。
俺は目を見開き、「金縛りもどき」を解くことだけに集中しようとした。
パッタ
一瞬、心臓が縮みあがった。
さっきまで階段から聞こえていた足音が、突然、すぐ近くから聞こえたのだ。
パッタ、パッタ、パッタ…
俺の部屋の前…?
間違いない。
俺の部屋の前を、あの足音が行ったり来たりしている。
そして、やはり何か言っている。
何事か呟きながら、軽快に足音を鳴らしている。
さっきとは比べ物にならないほどハッキリと、「音」と「声」は俺の部屋に流れこんでくる。
いつの間にかCDは終わっていた。
耳をすませば「そいつ」が何を言っているのか聞き取れそうだ。
俺は「聞きたくない」と思った。
本能的にそう感じたのだ。
だが、声の断片が耳に流れこんでくるにつれ、自然と意識がソレに集中してしまう。
何だ?何を言ってる?
…男の声だ。
歳は、俺と同じくらいか…もっと上か。
はっきりとは分からない。
だが、これだけは断言できる。
子供ではない。
あの声は、絶対に 子 供 の 声 で は な か っ た。
にもかかわらず、「そいつ」は抑揚のない声で、軽快に足音を鳴らしながら、こう言っていた。
「…る、ち・よ・こ・れ・い・と、ぱ・い・な・つ・ぷ・る、ち・よ・こ・れ・い・と、ぱ…」
子供がよくやるアレだ。
ジャンケンで勝ったら前に進める、という遊び。
グリコ・チョコレート・パイナップル(地方によって違うかもしれんが)。
しかし大人が、しかも一人でどうやって?
全身に鳥肌が立つのが分かった。
これは、ヤバい。
ただの変なヤツなのかもしれない。
でも、そうじゃなかったら…。
…玄関の鍵を、かけただろうか?
その事が頭をよぎった時、瞬間的に跳ね起きていた。
体はいつの間にか動くようになっていた。
ガタンッとこたつが音を立てて持ち上がる。
飲みかけの缶コーヒーが倒れて、こたつ布団にこぼれたが、気にもとめなかった。
次の瞬間、立ち上がった俺の背後で、狂ったような女の笑い声が起こった。
臓を素手で掴まれたような衝撃。
俺は反射的に振り返った。
テレビがついていた。
よく目にする女タレントが、大口を開けてバカ笑いしている。
足元を見ると、テレビのリモコンを踏んづけていた。
俺は、へなへなとその場に尻餅をつき、玄関のドアを凝視した。
パタ